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広島地方裁判所 昭和53年(行ウ)31号 判決

原告

高田環境衛生興業株式会社

右代表者

茂木紘植

右訴訟代理人

秋山光明

外一名

被告

高田郡衛生施設管理組合管理者

佐々木末雄

右訴訟代理人

新谷昭治

外一名

主文

一  本件訴を却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五三年一一月二〇日付をもつて有限会社国司衛生興業に対して行つた一般廃棄物処理業及びし尿浄化槽清掃業の各許可処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告の本案前の申立

主文同旨

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(原告)

一  請求原因

1 原告は、昭和四六年の設立以降、広島県高田郡八千代町、甲田町、吉田町、向原町、美土里町、高宮町につき当該各町長により、広島市白木町につき広島市長により、それぞれ一般廃棄物処理業及びし尿浄化槽清掃業の各許可を受け、右区域内において一般廃棄物処理及びし尿浄化槽清掃の各業務に従事してきたものである。

2 被告は、前記高田郡六町により設置された一部事務組合たる高田郡衛生施設管理組合の管理者であり、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下廃棄物処理法という)七条一項所定の一般廃棄物処理業の許可及び同法九条一項所定のし尿浄化槽清掃業の許可をそれぞれ行う権限を有するものであるところ、昭和五三年一一月二〇日有限会社国司衛生興業(以下訴外会社という)に対し、八千代町及び甲田町における一般廃棄物処理業及びし尿浄化槽清掃業の各許可処分(以下本件各許可処分という)をなした。

3 しかしながら、本件各許可処分は、次のとおり違法であるから、取消を免れない。

(一) 一般廃棄物処理業許可処分の違法事由

廃棄物処理法七条二項一号によると、一般廃棄物処理業の許可の要件として、当該市町村による一般廃棄物の収集、運搬及び処分が困難であることが必要とされているが、八千代町及び甲田町においては従前よりもつぱら原告が許可を受けて業務に従事しており、これまでの処理状況からして原告の処理能力に支障は全くなく、住民からの苦情もないのであるから、訴外会社に対する一般廃棄物処理業の許可は右要件を欠く違法なものである。

(二) し尿浄化槽清掃業許可処分の違法事由

廃棄物処理法九条二項一号によると、し尿浄化槽清掃業の許可を受けようとする者は厚生省令で定める技術上の基準に適合する能力を有しなければならないとされているが、訴外会社は許可時点において浄化槽管理機材類を全く備えていなかつた。さらに、同法施行令四条一項によると業務の実施に関し相当の経験を有する者でなければならないのに、訴外会社には取締役として一級浄化槽管理資格認定書の所持者である林弘志が在籍しているものの、同人は名義を貸しているのみであつて、訴外会社の業務には全く関与していない。したがつて、訴外会社に対するし尿浄化槽清掃業の許可は右各要件を欠く違法なものである。

4 よつて、原告は、本件各許可処分の取消を求める。

二  本案前の主張に対する反論

原告は、以下に述べたように、本件各許可処分の取消を求めるにつき法律上保護に値する利益を有しているので、本件につき原告適格を有する。

(1) 被告は反射的利益論に立脚して原告の原告適格を否定しているものと考えられるが、最近の学説・判例は、行政事件訴訟法九条所定の法律上の利益を法律上保護に値する利益と解釈して、原告適格を拡張する傾向にあり、既設業者が第三者に対する公衆浴場設置許可処分の取消を求めた事案に関する最高裁昭和三七年一月一九日判決(民集一六巻一号五七頁)も右解釈を承認するものということができる。

(2) 既設業者が法律上保護に値する利益を有するかどうかは、それぞれの法の条理解釈によつて明らかになるものであるところ、その解釈に当つては、料金統制の有無、投下資本回収ないし転業の難易などの諸点を併せ考慮のうえ、より立入つた営業形態の比較などの吟味をすべきである。

(3) しかして、廃棄物処理法が、許可を受けなければ一般廃棄物処理及びし尿浄化槽清掃の各業務を行うことができないとした趣旨は、これら各業務が住民の生活に重大な影響を及ぼすので、適切な許可処分の運用により健全なる生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ろうとしたものである。そこで、許可を受ける者は、適切な人的、物的設備を整備していること、特にし尿浄化槽清掃業にあつては浄化槽管理資格認定書所持者であることなどが要求されており、許可業者は、普段に右設備の改善、向上に努力すべき責務を負つている。ところが、許可が濫用されると、競争によりかえつて各種設備の改善、向上がはばまれ、住民サービスの低下や公衆衛生にとつて好ましくない結果を招来することとなる。さればこそ、市町村においてはこれら事務についての一定の計画作成を義務づけられ、これら計画実施にとつて必要かつ十分なる範囲内での許可処分が認められているのであり、計画実施にとつて不必要な許可処分は違法とされるのである。

また、本件にあつては、収集、処理、清掃の料金は被告が一方的に決定し、業務をバキューム車により行う以上転業は不可能であつて、資本回収の道もなく、業務の地域性よりして他地域への進出もほとんど不可能である。したがつて、原告が廃棄物処理法によつて受ける利益は、公衆浴場法によるそれと同じく、法律上保護に値する利益というべきである。

(被告)

一  本案前の主張

行政処分の取消訴訟の提起は、当該処分によつて原告の権利または法的利益が害された場合に限つて許され、単なる事実上の利益や反射的利益が害されたにすぎない場合には許されない(行政事件訴訟法九条)ところ、原告は、本件各許可処分によつてはいかなる権利または法的利益も害されていないから、本件訴を提起するについて原告適格を欠いている。すなわち、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図るためには一般廃棄物の適正な処理が要求されるのであるが、廃棄物処理法は、これを市町村の義務とし(同法六条)、一般的には、一般廃棄物の収集、運搬、処分等を業として行うことを禁止する一方、市町村自らが全域にわたり直接または委託によつて処理することが困難な場合には、当該市町村長の許可を受けた者のみが市町村の策定する処理計画に従つて右義務を行うことを許容している(同法七条)。以上のように、同法七条一項所定の許可は、一般廃棄物処理を業として行うことを一般的に禁止していたのを解除する行政処分にすぎず、それ以上に既存業者に対し特定の権利または法的利益を設定するものではない。このことは、同法九条一項所定のし尿浄化槽清掃業の許可についても同様である。

二  請求原因に対する認否

請求原因1及び2の各事実は、いずれも認めるが、同3の事実は否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1及び2の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、先ず、被告の本案前の主張(すなわち、原告が本件各許可処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有するか否か((原告適格を有するか否か)))について以下検討することとする。

1 行政処分の取消を求める訴の本質は、判決によつて違法な行政作用を排斥し、公益に資することを目的とするものではなく、行政庁の処分によつて原告の被つている権利、利益の侵害を救済することを目的とするものであるから、行政事件訴訟法九条所定の「法律上の利益」とは、権利または当該行政法規によつて保護されている利益を指称するものと解すべきであり、したがつて、当該行政処分により右のような自己の権利または法律上保護されている利益を侵害された者のみが、当該行政処分の取消を求める原告適格を有するというべきである。この点につき、原告は、法律上保護に値する利益を有する者についても原告適格を認めるべき旨主張するが、いかなる利益が法律上保護するか否かについては実定法上明確な基準がないので、裁判所の裁量の範囲が広くなつて判断が恣意的に流れるおそれがある。したがつて、右主張はこれを採用することができない。

2  ところで、廃棄物処理法によれば、廃棄物の処理に関する市町村の責務として、市町村は、つねに清掃思想の普及を図るとともに、廃棄物の処理に関する事業の実施にあたつては、職員の資質の向上、施設の整備及び作業方法の改善を図る等その能率的な運営に努めなければならないものとされ(同法四条一項)、また、市町村は、その区域内における一般廃棄物の処理について、一定の計画を定め、右計画に従つて、一般廃棄物を生活環境の保全上支障が生じないうちに収集し、これを運搬し、及び処分しなければならない(同法六条一項、二項)ものとされている。そして、右区域内においては、その区域を管轄する市町村長の許可を受けなければ、一般廃棄物の収集、運搬又は処分を業として行なうことはできず(同法七条一項本文)、右許可基準として、当該市町村による一般廃棄物の収集、運搬及び処分が困難であること(同条二項一号)、その申請の内容が市町村の定めた前記計画に適合するものであること(同項二号)、その事業の用に供する施設及び申請者の能力が厚生省令で定める技術上の基準に適合するものであること(同項三号)、申請者に欠格事由のないこと(同項四号)の各要件を充たすことが必要とされている。一方、し尿浄化槽の清掃を業として行おうとする者も、当該業を行おうとする区域を管轄する市町村長の許可を受けなければならず(同法九条一項)、右許可基準として、その事業の用に供する施設及び申請者の能力が厚生省令で定める技術上の基準に適合するものであること(同条二項一号)、申請者に欠格事由のないこと(同項二号)が定められている。

そこで、廃棄物処理法の右各規定を総合して検討するに、まず、同法が一般廃棄物処理業につき許可制をとつているのは、一般廃棄物を適正に処理して生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図るためには、一般廃棄物の処理が当該区域内において全体として整合性のとれたものとして行なわれる必要があるところから、これをもつぱら市町村の責務とし、市町村が自ら処理すべきものとする一方、一般廃棄物の処理を業として行なうことを一般的に禁止したが、市町村自身が当該区域内の全域にわたり直接または委託によつて一般廃棄物を処理することが困難な場合も考えられるので、その場合には、これを一般廃棄物処理業者の責任においてその処理を実施させ、その場合、市町村による処理事業とあわせて全体として合理的に行なわせるため、公益を図る衛生行政上の見地から、右業者に所要の規制、監督を加える必要に鑑み一般廃棄物の処理を業として行なうことを市町村長の許可にかからしめたものと解するのが相当である。これに対し、し尿浄化槽清掃業については、その業務の主たる内容が、本来汚物をそれ自体で処理してしまう浄化槽の清掃等であること、廃棄物処理法も、許可の基準及び監督の態様において、一般廃棄物処理業とは異なつた規定の仕方をしていること(同法七条、九条参照)などから、市町村による一般廃棄物処理業との調整というよりは、むしろ、し尿浄化槽の適正な維持、管理が当該区域内の生活環境及び公衆衛生の保持に対して重大な影響を及ぼすという見地に立つて、右業務を許可にかからしめたものと解される。いずれにせよ、右の各許可制は、もつぱら、廃棄物を適正に処理し、及び生活環境を清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図る(同法一条)という公益的見地からその行政目的実現のためなされる規制であるといわなければならない。そして、これより進んで、既設業者の営業上の利益を保護していることをうかがうに足りる規定は、廃棄物処理法その他関係法令を精査してもこれを認めることはできないところである。したがつて、既設業者が右の各許可によつて享受する営業上の利益は、廃棄物処理法その他関係法令により保護された利益ということを得ず、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果、たまたま一定の者が受けることとなるいわゆる反射的利益にすぎないと解するのが相当である。

3 されば、原告は、本件各許可処分の取消を求めるにつき法律上の利益を欠き、本件訴を提起する原告適格を有しないものといわなければならない。

三よつて、原告の本件訴は、訴訟要件を欠くこと明らかであるから、実体関係につき判断するまでもなく不適法なものとしてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(植杉豊 大谷禎男 川久保政徳)

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